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これも風力発電機 [建築]

再生可能エネルギーの話題が多いこの頃、電気を自然エネルギーを使って作る設備は数々あるが、見た目で好きなのが風力発電である。太陽光パネルを乗せた住宅が増えてきたが見た目には余り面白くない。それは発電していても、していなくても何ら変化が無いところか。発電中は赤くなるとかなら「ガンバレよ」と励ましたくなるが、日を受けていてもクールなまま。それに比べて風力は風を受ければくるくる回るので見た目にも楽しい感じがする。風車で遊んだ子供の感覚だ。

昨日、金山にある創建さんという会社で開催されている「木のある暮らし展」に行って来た。
北海道の木工作家、都築謙司さんの木の家具の展覧会である。

実は私の友人が経営されている会社はこの創建さん、主要取引先だそうで、展覧会をご一緒させていただいたのである。その友人のおかげで社屋屋上に設置されている風力発電機を見せていただく機会を得ることが出来た。

10年ほど前に風力発電機を設置した家で問題になったのは騒音。あの山や海にある3枚羽のも低周波の問題があって、設置場所に苦労していると聞くが、この発電機は誠に静か。しかも僅かな風でもくるくる回転する。すなわち微風でも発電してしまうというもの。システム全体で160万円と高額ながら、騒音問題が発生せず、初期投資に見合った電気を作ってくれるのなら導入の可能性十分にある。

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また、創建さんでは独自の創建トラスという構造システムをお持ちである。間伐材を使ったトラスシステムだが、この垂直材の部分にこの発電機のプロペラを取り付けてあった。数年前に創建トラスを使って規格住宅の開発に関わらせていただいたが、なかなか難しいところもあった。しかし昨日見学させていただいた設備を拝見したところ、このトラスが可能性を広げていると感じたのである。トラスは3次元的に展開することが出来るシステムなので、風力発電機をどんどん増殖させることが出来るのだ。これはなかなか面白い風景が出来そうだと、ひとりそれをイメージして微興奮した私。

椅子を見に行き、風車に感動し、友人に感謝の展覧会なのであった。


M耳鼻咽喉科の雑木林 [建築]

昨日書いた現場の続きであります。

少し遅れてもうお一方ホコリ高き男が現場に到着。

「真打の登場ですね」と私。

すかさずM先生が「落語もされておられるそうで・・・」
(さすがに事前調査が行き届いておられる)

現場に落語家・・・?

いやいやこのお方、名古屋でも有名な造園デザイナー糟谷護さんである。落語家の顔も持ち、高座では鶴羽亭園造と名乗られる。今回竣工披露パーティーで落語をお願いしたわけではなく、本職の造園デザイナーとしてM耳鼻咽喉科のプロジェクトに関わっていただいたのである。

先月末にM先生に糟谷さんご紹介し、造園の方針などを打合せしたうえで昨日造園デザインのご説明をされに来られた。

その5月末の日、糟谷さんから設計者としてどんなイメージを持っているか問われた。先ずは造園デザイナーとして自由に発想していただいた方がよいかと思い、先ずは糟谷さんのイメージを、と答えた私。過去に何回かお手合わせいただいた関係だから、糟谷さんがどのような感じの庭を作られるか、また、私がどのような建築を作るかほぼ手の内は分っている。

だが、発想のきっかけは必要である。

三人で雑談をしているうちにM先生が実をつける植物がお好きなことが分ってきた。そのことを聞いた糟谷さんから、スイッチの入るパチンという音が聞こえた。

「実のなる樹木で雑木の林をつくる」。

昨日の高座、いや、プレゼンではその「実のなる樹木の雑木林」たるデザインを拝見させていただいた。鉛筆で描かれた柔らかなタッチスケッチにはアプローチとなる前庭、待合、処置室、院長室からの中庭、診察室から見える樹木の梢などが描かれている。風にそよぐ樹木の葉がすれの音が聞こえてきそうな、上手くて味のあるスケッチだ。

M先生も気に入ったご様子で、「庭ができるのが楽しみです」と言っておられた。
もちろん私も。

「昔からそこにあったような、雑木の林にする」が糟谷さんの基本的なデザインの方針だそうだ。

造園の完成は3,4年先になる。
というのは糟谷さん目指す雑木の庭はある程度木が育ち、葉が繁らないといけないから。8月の造園工事完了時点ではまだ不自然な雑木林。いずれどんぐりが落ち、ジューンベリーの実のなる林となる。

気長に見守ろう。




丸く貼り分ける [建築]

一宮で工事中の医院、M耳鼻咽喉科の現場である。

7月末完成に向けて現在塗装下地のパテ処理を行なっているところで、今日はそのサンダー掛けの工程だ。サンダーをかけると当然のことながら細かいホコリが現場中舞っていて、監督、職人さん、建築主のM先生、そして私もホコリにまみれていた。

「ホコリ高き男たち」

とは、このことを言う。

さて、この医院の待合室にはキッズコーナーが設けられる。
そもそもM先生は椅子の造詣深く、この医院に置かれる椅子たちは世に「名作」といわれるものや、キタニによる特注家具だが、キッズコーナーの椅子たちもそれなりのものである。

「小さいうちからいい物に触れて欲しい」

というM先生の思いからそれらの椅子が選定されている。どんな椅子が置かれるかは、まだここでは明かさない。後日のお楽しみということで・・・。

このキッズコーナー。いくらか楽しい雰囲気を出そうということで床を丸く貼り分けることになった。周囲がチークで少し濃い目の床に対し貼り分け部分は明るい色合いのメープルである。

この提案、口で言うには容易いが、実際やるとなるとそうは簡単にはいかない。
言うは易し、行なうは難し。である。

この現場に入っている棟梁は2年前天白のK邸を担当されたW棟梁。人柄も腕も厚い信頼を置いている大工さんで、言うは易しお願いを技術と工夫で今日実現していただいた。

メープルを床に敷き並べ、コンパスとなる定規を作り、ルーターで切っているところ。

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すでに張上げられたチークを同様の方法で丸く切り取り、メープルを仮置きしたところ。

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「初めてだから悩んじゃったよ~」と軽く言ってくださるが、面倒な仕事を快く引き受けてくれたことはとてもありがたい。職人の心意気に感服&感謝。

W棟梁は引き続き尾張旭のK邸を担当していただくことになった。

さて、次はどんなお願いをしようかな?

・・・冗談です。

低気圧と省エネ [建築]

日本海で台風並みに発達した低気圧のおかげで今日の日本列島は大荒れの天気。ここ尾張旭でも午後から風雨がかなり強くなった。僕は今日一日事務所にこもっての仕事だったから良かったものの、朝一番で打合せに来てくれたM監督は、これから現場のシートをはずしに行かなければならんと言っていた。

ご苦労様です。

少し前に強風で足場が倒れて人命が失われた事故があったが、これは安全管理上大事なことだ。

特に午後4時前後だったか、雨がかなり強く降っていた。

事務所のバルコニーは樋のキャパシティーを超えるあまりの雨の量に金魚が飼えるほどのプールになってしまっていたし、窓から見えるお隣の雨どいからは、じゃばじゃばと勢いよく雨水があふれていた。風にしろ、雨にしろ、地震にしろ、建築は最大の負荷にあわせて作らなくてはならないことを改めて思った次第だ。

建築の負荷に関してだが、近い将来住宅にトップランナー基準の断熱性能が義務付けとの話を聞いた。義務付けられるということは法制化されるということ。努力義務とかではなく、日本国民として義務化されるわけだ。

この背景として考えられるのは地球温暖化対策が当初からのものだが、福島原発事故を発端とするエネルギー問題が義務化へと国をして走らしめたと僕は考えている。エコポイント制度や税制などで誘導してきた住宅の省エネ化が義務化とは、国のあせりみたいなものが感じ取られる。その話によると家電などの業界はエネルギー効率にはそれ相当な技術開発をしていて今や乾いた雑巾をさらに絞るほどのレベルに来ているそうだが、建築業界はそれに比してまだまだ改善の余地があるそうだ。

個人財産である住宅であってもやはり社会の財産であると考えればこの義務化も理解はできるが、今の段階では若干違和感も残るのである。



木造校舎 [建築]

朝ドラ「カーネーション」のロケ地になった築100年以上の吹屋小学校(岡山)が今年で閉校になると今日夜のNHKニュースで報道されていた。現役の木造校舎としては日本で一番古いとか。

今回の朝ドラは見ていなかったので、ドラマでどのように使われていたのは知らないが、さすがに風格中に親しみのある建物で、ここで育った子供たちはさぞかし愛着を持っていただろうと思う。子供たちばかりではなく地域の多くの大人たちもこの校舎から巣立った人たちであろうことを思えば、地域住民に愛されて校舎はあるのだろう。

私も高校まで教室は木造だった。鉄筋コンクリートの教室であったことはない。学校の一部の校舎はちょうど建て替えが行われていて、一部の生徒は新しい校舎に入っていたが、幸か不幸か私のクラスは古い木造校舎。中学校だったか、雨漏りがしていて天井が腐り授業中に落下してきたなんて事件があったし、床の節穴からいつもゴミを落としていたり、窓際の席は隙間風が入ってきてやたら寒かったり。だがあまり新校舎の友達をうらやましいとは思わなかった。

思い起こせば学校の記憶って断片的だが結構脳裏に刻まれていて、何か出てきそうなトイレの事や、ホルマリン漬けの内臓むき出しの動物の標本があった理科準備室や校舎の裏で人には明かせない何かがあったりとか、ぞぞっとするような事と一緒に楽しい思い出があった。当時の学校って家以上に明と暗、表と裏の部分があって、それが木造校舎と一緒に記録されている。

そんな校舎も今やすっかり建て変わってしまって当時の面影も残っていないのが残念だが、この吹屋小学校は文化財として今後保存してゆくそうだ。文化財としてもそうだろうけど、多くの人が巣立った学び舎を残すという事は卒業生としても地域としても他には変えがたい財産であろうことを思えば誠に喜ばしいと思うのであります。

瓦の仕事 [建築]

今日、ちょっとした用事でお寺の改修工事の現場に行ってきた。その現場は瓦葺き工事の途中である。棟の両端(名古屋城で言えば金鯱のあるところ)に1メートルほどの棒が立ててあったのであれは何ですかと訊ねたところ、瓦の反りを出すための装置だとか。
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お寺の工事には今まで関わったことがないが、建築の世界でもまだまだ知らないことが多い。現場を請け負っている工務店の社長がここの瓦職人は本当に一流で、原寸図を描いて仕事をしていると、図面を見せてくれた。しばらくしないと何の図面かわからなかったが、しばらく眺めて初めて何の図か理解できた。のし(屋根のてっぺんの何重にも瓦が積んである部分)の原寸図である。棟のラインも先端にいくにつれそりあがるようになっていて、その瓦を加工するための図のようだ。
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このような丁寧な仕事をする職人さんも世の中には存在するのだなと、手描きの図面に魅入られて帰ってきた私なのである。
この瓦の世界は変わらないでほしい!

名古屋陶磁器会館 [建築]

10/22~10/30の期間[愛知芸術大学写真展](日本建築家協会愛知地域会主催)が名古屋陶磁器会館で開催中です。
http://www.jia-tokai.org/aichi/gyoji/geidai.pdf

今日の午後はその会場当番で半日拘束されていた私、以外にも仕事がはかどってしまう程お客さんは来なかった。

名古屋陶磁器会館、半日滞在するのは初めてだが、文化財に指定されているほどの建物で、なかなか味わい深いのである。

写真展の会場は2階。カウンターやシャンデリアがあり、当時はダンスホールか宴会場かで使われていたのだろう。
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入り口には[POTTERY CLUB]の文字がガラスにエッチングされていた。
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「ぽってりークラブ?」メタボ限定のクラブと思いきや、POTTERYとは陶器のこと。失礼しました。

シャンデリアは木製で、なかなかきれいなデザインだった。
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カウンターにはこんな味のあるバッグが置いてあり、
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カウンターの向こうにはダムウェーターと思われる設備があった。下階との連絡を取ったのか、真ちゅう製のコーンが横に付けられている。
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窓はスチール製で枠や桟が細くてきれいだ。
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さすが陶磁器会館。タイルが凝っている。
これは階段腰壁。モザイクタイルの貼り分けが面白い。
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階段ホール床のモザイクタイル。
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1階には展示室がある。この会館が建てられた当時、この界隈には絵付けの工場が多くあったそうだ。その由来もあり、ここにはすばらしい絵付けの陶磁器が陳列されている。その繊細さは驚くものがある。当時、日本の陶磁器(しゃれではありません)が海外に人気だったそうだが、開国後日本文化が紹介されてそのアンビリーバボーな技術が青い目の人たちをびっくりさせたからに違いない。
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現代風に言えばデコ壺、である。

お時間ありましたら、写真展お越し下さい。1階資料室もなかなか見ごたえあり!です。

伝わっていない災害 [建築]

今日、久しぶりにS木材のKさんが事務所を訪れてくださった。彼は材木を扱っているのだが、先月の台風12、15号の影響で天竜の杉が入らないとの事。紀伊半島の被害は多くく報道で取り上げられていたが、静岡県まで被害が及んでいるとはまったく知らなかった。先月の大雨により林道のいたるところが土砂で通行不能となり、材木を搬出できないとのことで、このところさっぱり仕事にならないと嘆いていた。
台風の被害がこんなところまで及んでいるとはつゆ知らず。価格低迷にあえいでいる林業関係者がさらに苦しめられていることを知ったのだった。国も震災復興、原発被害救済で大変でしょうが、このような人たちにも早く手を差し伸べてもらいたいものであります。

コンペ審査会 [建築]

昨日、日本建築家協会JIA東海支部設計競技の審査会が行われ、スタッフとして夕方まで会場である名市大に詰めていた。学生85作品、一般116作品の応募があり、不況のあおりで賞金がなくなったにも拘らず全国から多くの応募があった。28回を重ねた歴史ある設計競技であるおかげで、それなりの知名度があるおかげだろうか。11回では一般の部で僕は金賞を頂戴し、多額の賞金と名誉をいただき、23回では審査委員長を勤めさせていただいたこともあり、特別な思いを持って主催者側の一員として雑用でも何でも楽しく働いているのだ。
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↑昨日の審査会風景

設計競技=コンペは学生の頃から応募意欲はあって、雑誌で応募が発表されるとしばらくは色々考えるのだが、途中で挫折してしまい応募まで至らなかったことが多く、また、例え出したとしても箸にも棒にもかからないことの連続で少々あきらめ気味だった。29歳の時すでに独立していて、仕事も無く暇をもてあましていた頃、取り組んだこのJIAコンペで運良く賞をいただくことができたのだ。

どうしてコンペに応募するのか。僕の場合は対外試合的な感覚を持っていたと思う。ひとつの課題に対し、全国の多くの人たちが取り組み、作品を応募して審査をしていただく。その課題に取り組むこと自体が自分のトレーニングにもなるし、自分を見直すことにもなる。また、出品する作品に対する審査員の意見を聞きたいとも思う。建築スポーツでもなんでもないが、競技会に参加することは人間の本能的なところが作用しているのかもしれない。ただ、建築のコンペの場合、スポーツのように客観的に順位を付けられないとこがあり、その時の審査員の主観に左右されるところがあるが、審査員側も深く読み取って悩みつつ審査し、だれもが納得できる結論を出していることは非常に感服する。

先日学生の一人がコンペに勝つ秘訣を教えて欲しいと言ってきたが、そんなものがあったら僕が教えてもらいたい。が、少なくとも応募しなくてはならない。そして深く考えた案ならそれなりのところまでいくに違いない。こんな学生が増えれば主催者側も嬉しい限りである。

設計製図 [建築]

今週から豊田高専での授業が始まり、昨日第1回目の授業があった。
35人ほどの学生との初めての顔合わせで、毎年どんな連中がいるのか楽しみな時であり、多少の緊張感もある。

豊田高専に初めて非常勤講師として招かれたのが1999年なので今年で12年目となり、ある程度は慣れたが、毎回反省すべきところもある。当初は3年生に木造住宅の課題を与えていたが、5年前からは4年生に美術館の課題を与えているのだが、毎年反省とか、その社会状況や、思い付きなどで少しずつバージョンアップ(?)している。当初鉄筋コンクリート造としていたものを、木造としたり、建物は設計者を主体として作るのではなく、利用者や地域が主体であるべきという考えから、設計趣旨文を利用者、地域住民に対するメッセージとしたりなど、幾つかの変更を加えてきた。今年は、より地域のことを意識してもらうように、指定の敷地を変更しても良いとした。豊田市にある昆森公園内の部分を敷地として指定しているが、自分が住んでいたりして、提案したい場所があれば変更してもよしとしたこと。

設計課題を通じて、いろいろなことを調べることによって知識を得て、スケッチや模型を作りながら考えることで空間・建築の構想の仕方や能力を付けることも重要だが、地域や社会を知る事もこれからは大事ではないかと思っているのだ。

昨日はあれやこれやと学生の前で色々と話してきたのだが、気絶している学生がちらほら。寝る子は育つとも言うし、睡眠学習法というのもある。第一、私自身も講義中は良く気絶していたので今さら、である。

彼らがどんな答えを出してくれるか、楽しみだ。

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